虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第96回 夏炉冬扇

 大阪港に引っ越してきて、2度目の夏を迎えた。一昨日から私も休暇だが、今日は終わらぬ仕事を片付けに、誰もいない会社に出向いたから、全く心身が休まらない。それはさて措くとしても、夏休みに入って、朝から海遊館への観光客が地下鉄大阪港駅に降り立ち、その大群を掻き分けながら都心向きの電車に乗り込む日々であるから、出勤前から疲弊している。
 
 しかし、疲弊の原因は、我が住まいにもあるのである。
 
 夫婦2人暮らしに広い部屋は持て余し気味ということで、1部屋を減じた物件を選んだのであるが、今の物件の1部屋はロフト式なのである。ロフトにしては十分に広く、天井も低くないのでよいのだが、暮らしてみて初めてわかったことがある。ロフトルームは、夏は猛暑、冬は極寒なのだ。室内の暖気は上昇、冷気は下降するので、冷房をかければ上層部の温度は上がる一方、暖房をかければ下層部の温度は下がる一方なのである。暑さに酷く弱く、寒さに酷く弱い私にとって、これは筆舌に尽くし難き辛さであり、思慮の足らぬままにこの物件に決めたことを、今更ながらに恨めしく思う。
 
 独身時代のワンルームマンションは、エアコンが備え付けられていたのだが、これがある夏に故障し、ただの送風機と化したことがあった。備え付けであるからオーナーに言って修理をしてもらえばよかったのだけれども、寝に帰るだけのために存在した自室はカオスの様相を呈し、およそ他人を招き入れられる状態になく、家人とは結婚までに約5年間付き合ったが、この者さえ一度として家に上げたことがない。仕方がないので、ソフトタイプの氷枕を大量買いしてベッドに敷き詰め、扇風機2台を全裸の体に当てて熱帯夜を凌いだ。それでも辛抱ならぬ夜は、格安のビジネスホテルに寝床を求めたこともある。
 
 結婚して新居に移り、一晩中冷房をかけて安眠を享受できる幸せを噛み締めていたから、ロフトルームの灼熱地獄は悪夢の再来であり、これは何とかせねばと対策を講じることにした。
 
 ロフトルームに窓があれば、はめ込み式のエアコンを迷うことなく購入するところであるが、残念ながら、あるのは壁だけである。ネットで検索すると、サーキュレーターなるものが効果的であると書かれていた。扇風機と違って、直進性の高い風を発生させることができ、風量も強いのだとか。これによって室内の空気が循環できるから、上層と下層での温度差が均一になるらしい。これは我が家の喫緊の必需品と、早速に大型家電店に駆け込み、最強の品を所望して持ち帰った。ロフトルームの梯子の前には扇風機も置いて、万全を期した。
 
 確かに、何もしないよりはましではあったが、サーキュレーターのパワーは期待したほどではなく、また、扇風機には、なぜかタイマーをかけずとも6時間で自動停止する余計な機能が備わっていて、夜明け頃には寝汗びっしょりなのである。より強力なサーキュレーターの購入も検討したが、室内の空調如きにどれだけ散財すればよいのかと、途方に暮れるばかりであった。已んぬるかな、私はリビングに布団を敷き、そこで寝ることにした。
 
 ところが、である。階下では、今度は冬の極寒が耐えられない。実は夏場でさえも、階下では冷気が溜まって毎朝凍えているくらいなのだが、真冬は毛布2枚に羽毛布団を重ねて何とか凌げる程度である。それでも首から上はカバーできないから、寝ると余計に筋肉が凝り固まるという地団駄を踏むことになる。毎朝6時にはエアコンの暖房が入るようにセットするが、その温風が私の顔面を直撃するものだから唇は乾燥してひび割れを起こし、起床する際には口の周りが血だらけという断末魔的様相で、高が睡眠で、何故こんなに命を懸けねばならぬのだろうかと厭世的な気持ちになったのである。
 
 折角根付いてきたこの街であるから、再び渡り鳥のように棲み処を求めて旅立つことは考えていないが、しかしこの寝苦しさからだけは、一刻も早く抜け出したいと、滴る汗を拭いながら考えあぐねる夏期休暇の日々である。