虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第109回 不健康自慢

 第73回で、20歳以降、綺麗に5年おきで腎臓結石を患ってきたことを述べたが、3年前、戦々兢々としながら迎えた45歳は、無事に乗り越えることができていた。ああ、これも転職して生活習慣が変わったおかげよと自己満足に浸っていたら、昨日、会議中に、全くイレギュラーに、そして全く突然に、尿路に異変を感じた。8年ぶり6回目の結石である。
 
 これまた下の話で恐縮であるが、これまでと違ったのは、石が尿管に到達するまで気付かなかったこと、従って「死んだ方が楽」とさえ思える疝痛に襲われなかったこと、そして確かに石が尿管を通過するのを認めたのに、出てきたときに便器に当たるカチンという音がしなかったことである。恐らく、それほどに小さな小さな石だったのだろう。因みに、これまでに苦しめられてきた結石の大きさは、いずれも米粒の半分程度。私はそんな小物と死闘を繰り広げているのだ。
 
 まあ、こんなことを武勇伝よろしく綴るのも情けない話であるが、自身もさることながら、どういう訳か周りには、昔から「不健康自慢」をする人が多いのである。健康診断結果の異常値をドヤ顔で見せ合うのはまだ可愛いもの。「過労で倒れ入院することは何よりの勲章」と豪語する人もいたし、「もうアカンわ」「いよいよヤバい」などとあれこれ身体の不調を訴えて病院に行くも、何の異状もなく健康そのもの、という検査結果を聞いて、なぜか酷く落胆した人も一人ならず見ている。蓋し、これはこれで重篤な「病気」である。
 
 私自身、若い頃は、「定年になる前に、惜しまれながら死にたい」「職場で派手に血を吐いて事切れたい」「死んだら盛大に社葬を執り行ってもらい、同期で最も出世した者に弔辞を読んでほしい」などと気の触れたことをよく言っていて、特に吐血や喀血には一種の憧憬すら覚えていたことがあるが、実際、胃潰瘍で血を吐き、自宅の洗面所を血で染めたときには、「自分はいよいよ死ぬのだ」と言い知れぬ恐怖を覚えた。憧れが実現して戦慄に震えるとはよほどのサイコパスなのかと、自分で自分が呪わしくなってくる。
 
 私の周りだけでなく、世の中全般にもそういう人は多いようで、「不健康自慢」する人の心理を考察するこんな記事を見つけた。

 -「努力」「苦労」「我慢」を美徳とする日本人に深く根付いた考え方
 -忙しい=偉い、周りから必要とされている俺ってすごいでしょ?アピール
 -本当に忙しくて疲れているから優しくしてほしい 
 
 不健康は忙しさゆえであり、不健康自慢は忙しさ自慢という訳だ。うっ……となるが、なるほど、当てはまるというか、思い当たる節は多々ある。すなわち、不健康自慢は所詮、構ってちゃんの戯言に過ぎなかったのだと、今更ながらにようやく気が付いた。「大丈夫ですか~」と心配してほしかったり、「そんなになるまで働いたらダメですよ~」と慰めてほしかったり。でも結局、本当に倒れて穴を開けてしまったら誰かに迷惑を掛けるのだし、よしや穴を開けたところで困らない組織なら、そもそも自分なんていなくてよいのである。3年前に心不全で入院したときも、周囲からは「無理しすぎですよ」という慰めとともに、「もっと人を信じて任せないとダメ」と叱責も受けた。これがあるべき姿というものだろう。
 
 それ以来、毎日処方された薬を飲み、血圧を欠かさず測るという日課がそうさせているのかもしれないが、健康のことを考えるようになった。暴飲暴食を家人に咎められても、「我慢してストレス溜める方が体に悪いわ!」と抗弁しながら、好きなものを好きなだけ飲み食いしてきたが、そうして油断をしていると、朝晩の血圧測定でハッとすることがある。呼吸が苦しくなって救急搬送されたあの日のことを思い出し、それがやっぱり怖くなって、ご飯の大盛りやおかわりをやめるとか、茶色いおかずばかりにしないとか、毎日の夕食後にアイスを食べるのを我慢するとか、目的地の2~3駅前で下車して歩くとか、そういう意識はするようになった。
 
 それでも最近、小さな身体の不調が続いていて、小さな不安を覚えてしまう。アホみたいな量を食べてはいないのに、食後、腹が異常に張る。胃もキリキリ痛むことが多い。首のサイドが一定の間隔でズキズキ痛む。頭痛は最早慢性の持病。階段の昇降時に膝が痛い。座り仕事の時間が長くなると、坐骨神経痛のような辛い痛みが続く。老眼が確実に進行しているのも不自由極まりない。あれだけ「不健康自慢」をしていたのに、今ではすっかり不健康に怯える日々である。
 
 それは「老いの恐怖」なのかもしれない。あるいは、老いることではなく、死ぬことを恐れているのかもしれない。あれだけ惜しまれるうちに逝くことを望んでいたのに、である。先日、元同僚の生保レディーと話をしていて、「若い頃は定年前に死にたいとか思ってたんですよね……」とこぼしたら、「今や日本人の平均寿命は男性でも81.41歳、女性に至っては87.45歳。言い方悪いですけど、『死にたくても死ねない』んですよ、日本人の身体って」と言われた。ならば腹を括って、自然に健康に、齢を重ねていくしかあるまい。
 
 「不健康自慢」が格好良いと思っていたのも今は昔。人間らしく「健康自慢」ができるよう、日々の摂生に努めようと思いつつ、目の前にあるチョコレートに手が伸びるのを必死に抑えている今日この頃である。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ