虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第106回 花道に雪が舞う

 吉本新喜劇内場勝則辻本茂雄が、座長を勇退した。就任から20年。今年で60周年を迎える吉本新喜劇の歴史の、実に3分の1もの間、屋台骨を支えてきたのだ。花紀京岡八朗を「新喜劇の巨星」と呼ぶことに異論などあろうはずもないが、20年の重みはやはり大きく、2人は紛う方もなく、「新喜劇の歴史に残る名座長」である。それだけに、喪失感も大きい。
 
 正直に言えば、内場座長はそろそろその日が来るのかな、とは思っていた。舞台やテレビドラマなど、新喜劇以外での活躍も増えていたし、若手の成長も目覚ましく、後進に道を譲るような予感というか、覚悟はできていた。しかし、辻本座長は、まだまだ集客力も高く、「筆頭座長」としてもう暫くは大黒柱たる存在感を示していくものだと思っていた。
 
 辻本座長には、ワンパターンだとか、若手に対して厳しいだとかの批判もあるようだが、私に言わせれば、あんなに後輩思いの座長もいないだろう。アキ・五十嵐サキ大島和久たかおみゆき森田展義平山昌雄・もじゃ吉田・奥重敦史・レイチェル・もりすけ松浦景子・永田良輔など、辻本座長がいたからこそ、そのキャラが輝いた座員は多数いる。
 
 いや、今にして思えばこの1年余、辻本座長は、意図して若手を鍛え、育ててきたのに違いないのだ。「アドリブ祭り」と称した、森田展義・もじゃ吉田・奥重敦史・もりすけへの無茶振り。大島和久・もじゃ吉田の「回し(ツッコミ兼進行役)」への抜擢。平山昌雄の単独公演『ちゃんばら新喜劇』への客演。そして、自身の座長週への清水けんじの積極登用。この間、劇場やテレビで見てきた公演を顧みるに、それらのいずれにも、座長勇退後、後を託したい若手へのエールがひしひしと感ぜられ、改めて、胸がいっぱいになるのである。
 
 両座長の勇退が発表された日、『辻本班』のメンバーの1人である五十嵐サキが、自身のInstagramでこんなことを綴っている。

内場座長には、私が若手の頃からずっと新喜劇の中でのお芝居をしながらの笑いというものを沢山教えて頂きました。
辻本座長には、特に近年 キャラとしての笑いの間や演技、とても難しいヒステリックな母親役などを沢山鍛えて教えて頂きました。
座長は世代交代の時期にきてしまいましたが、
営業公演やイベントでは座長公演をされますし
ベテランとして今後の新喜劇を支えて行かれるお二人のご活躍は変わりません。
私個人的にも今後も、お二人から学ばせて頂いた事やこれから新たに学ばせて頂く事も大切に
新喜劇の一座員として未熟ながらも今まで通り「初心忘るべからず」をモットーに日々精進と勉強をして行きたいと思います。
学び多き中、感謝しながらも自分自身の喜劇役者としての力量がこれでいいと思えた日がありません。
反省と努力の毎日は今までと今後も変わりません。
出演の多い少ないという時期も幾度か経験しております。
今後の出演状況をご心配して下さるお声もたまに頂きますが今までと同じく どんな状況になっても自分の出来る限りの精一杯で頑張って行きたいと思いますので
吉本新喜劇共々、これからも応援宜しくお願い致します🙇
https://www.instagram.com/p/Btc8DuYHpwD/


 言葉を選びつつも、『辻本班』のメンバーとしての複雑な胸中、そして今後に向けての覚悟が、痛切なまでに語られている。既に『辻本班』を卒業し、「新幹線ネタ」を封印して芝居そのもので魅せている伊賀健二のように、新体制になって、彼らは大きな壁を乗り越えていかなければならないのだろう。
 
 一方で、辻本座長自身にも、今回の勇退人事に思うところはあったようだが、それでも、「僕を芸人として育ててくれたのはこの吉本新喜劇なので、僕がベテランとして、若手を育てて恩返しせなあかんなって」と、後進にしっかりバトンを渡し、ベテランとして今後も吉本新喜劇を支えていく決意を語っている。
 
 2月20日なんばグランド花月の『吉本新喜劇100』を観に行った。辻本茂雄の座長としての最後の週である。内場座長がゲストで出演していて、通常は半分くらいしか埋まらないNGKの夜公演なのに、2階席まで含めて満席、立見券までも売り切れという人気ぶりであった。ストーリー自体はいつもの「茂造のお決まりの流れ」なのだが、後半、娘(鮫島幸恵)と生き別れた父の役を演じた清水けんじが、本当に涙を流しながら、これまでに見たことのないレベルでの迫真の演技を披露し、場内の方々からは啜り泣く声が聞こえた。辻本座長の、自身の後継者としての清水への思いが込められた配役。それに全力で応える新リーダーの清水。観客の感動は、幕が降りる際の万雷の拍手となって、最高潮に達した。正に、辻本座長の大いなる花道となった名公演であり、観客の記憶にいつまでも深く刻まれることだろう。
 
 時を同じくして私は、勤め先で事業部長を拝命した。内示を受けて以来、その重責に押し潰されそうな気持ちに苛まれる毎日だが、ここまで奮闘してこられた前任の部長の存在の大きさを、新喜劇の座長勇退にどうしても重ね合わせてしまう。預かるのは新規事業を担うセクションだが、退かれた前任者は、事業の立ち上げ以来、苦労を重ねながら部門を守り、部下を決して売ることなく、「全ては自分の責任」と、厳しい評価を一身に受けてこられた。それだけに、志半ばという無念の思いはあったに違いない。それでも「あなたなら大丈夫ですよ」とバトンを渡してくださった。その志を決して忘れることなく、しっかり受け継いでいきたい。そしていつの日か、その座を降りることになるとき、花道を踏み締めながら退けるよう、確かな歩みを進めてゆきたいと思う。