虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第108回 遠くへ行きたい

 Osaka Metro本町駅の、御堂筋線と中央線の乗り換えエスカレーターに、「フェリーさんふらわあ」と鹿児島県による共同企画『2021年 鹿児島おおすみ12星座占い』のポスターが貼られている。大隅半島の絶景スポット・絶品グルメの12種類を「ラッキースポット」「ラッキーフード」として、今年の運勢を占うという企画である。

 駅貼りの観光ポスターは往々にして、激しく旅情を掻き立ててくるので、旅好きには困った存在である。一つひとつのポスターを観賞しながらエスカレーターを上り、降り立つ場所にある最後のポスターにこんなフレーズが書かれていた。

 「きっと未来は明るいでしょう。必ず会えると、すみっこから願っています」
 
 この状況下で、こんなことを語り掛けられたら込み上げてくるものを抑えられず、何としても大隅の地に足を踏み入れなんと、想いは募るばかりである。
 
 けれども、旅に出ることはまだまだ許されそうにない。
 
 前にも言ったかもしれないが、私にとって、旅とは「非日常へ飛び出す」ことである。そして、費用や時間を大胆に使うことには、大いなる勇気を伴うものだ。況んやこのコロナ禍である。非日常の世界は不要不急であり、勇気を抑えて辛抱あるのみなのだ。
 
 辛抱も長期化すれば閉塞感は否応にも増してしまう。「リモート」「オンライン」という言葉が、仕事や授業だけでなく、リモート飲み会とかオンライン公演とか、趣味や娯楽の世界にも広がっていったのは、そうした閉塞感を打破したいという人々の切なる希求なのかもしれない。試みに「リモート旅行」を検索してみると、やはりあれこれと出てくる。家に居ながら国内や海外の名所を巡ることができる、しかも無料で観光が可能。そんな触れ込みで旅に出ることができない人たちの心を慰めている。
 
 子どもの頃、「ドラえもんのどこでもドアがあればなぁ」と、何度思ったことだろう。そんな思いを抱きながら、リビングにあったワラヂヤ出版の『コンパニオン道路地図帳』を眺めては、その地に思いを馳せることが趣味になっていた。それは長じても衰えることはなく、大学生になり、バイトで稼いだなけなしの金を叩いて、昭文社の『スーパーマップル』を全国全巻揃え、暇な時には読書よろしく「精読」していた。そして、子どもの時と同じように、開いた地図のページからその地の風景を想像しては胸を膨らませ、気持ちが嵩じれば時刻表(勿論冊子の)を取り出して机上旅行まで始めた。
 
 だから、YouTubeとかGoogleストリートビューとか、どこでもドアよろしく、地図上で思いを馳せていた地にすぐさま飛んで行ける文明の利器に触れたときには、大層感激した。鉄道や道路の前面展望動画などは、リアル旅行の気分に十分浸れるし、プロ並の優れた編集技術の施された美しい映像は、下手な旅行番組よりよっぽど惹き付けられる。と同時に、「旅に出る勇気」を殺がれるような気がして、複雑な気持ちにもなった。子どもの頃の机上旅行や妄想旅行は、いつか実際にその地に赴くことを夢見るからこその愉しみであり、その地への思いが「旅に出る勇気」にまで昇華したときにリアルに触れられるからこその感動である。PCの画面でいとも容易くその夢を「実現」してしまってよいのだろうか。
 
 リモート会議でも実際に会話はできる。オンライン公演でも実際の芝居を観ることはできる。リモート飲み会でも実際の酒は飲める。でも、リモート旅行は実際の旅行ではない。風景も空気も人情も全部バーチャルであって、実際に触れることはできない。そればかりか、生半にバーチャルの映像や画像を先に見てしまっているから、実際の旅に出て、リアルの風景を見ても、感動は半減なのだ。「リモート旅行」は所詮、辛抱を強いられる人たちの慰みに過ぎず、それで閉塞感が払拭されることもない。
 
 だからこそ、「Go To トラベル」が始まったとき、人々はリアルな旅を求めて、非日常の世界へと飛び出した。でも、結果はご存じのとおり。まだまだ緩和は許されず、辛抱の時期が続く。
 
 作家の浅田次郎は、JALグループの機内誌『SKYWARD』の2020年8月号で、結核を患いながら克服した祖父の思い出を綴りながら、このようなことを述べている。

 かにかくに私は、『コロナ後の世界』『コロナとの共生』といった議論に加わる気にはなれない。それはどこかしら、たとえば核廃絶よりも核の抑止力によって平和を保とうという、錯誤に通じると思えるからである。われわれは偉大なる先人たちと同様に、共存など断じて許さぬ克服の意思を持たねばならぬと思う。
(『つばさよつばさ』第203回「サナトリウムの記憶」より)

 旅はリモートで代替できないから、「辛抱」によってコロナ禍の終息に強く取り組みながら、いつかリアルな旅に出られる日を思い続けるしかあるまい。
 
 件の「鹿児島おおすみ12星座占い」、乙女座の私は、鹿児島黒牛を食べると、モーーーーっと力があふれ出て、パワフルに動き回れる1年になるのだそうだ。今は辛抱の時期であるが、許される時になったら、勇気を出して、きっと鹿児島の地に足を踏み下ろそうではないか。ついでに鹿児島市内まで足を伸ばして、死ぬまでに一度は口にしたかった本場のしろくまを、腹を下すまで食べてやるんだ。 
 
#この1年の変化

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