虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第81回 通勤天国

 3月も下旬となって、新年度の準備に慌ただしい人も多いだろう。この春から、進学や就職で新生活のスタートを切る人にとって、住まいをどこに構えるかというのは、ちょっとした問題ではないかと思う。
 
 私が通ったのは、千里の丘に聳える某マンモス私大であったが、大学近傍には「学生街」が形成されていて、スーパー・コンビニから飲食店やビデオレンタル店、果ては雀荘に至るまで、一通りのものは揃っている。日常生活を営むのには全く事欠くことはなく、親元を離れた生活を営む人で、卒業して就職した後もそこに住み続けるケースは少なくない。ただ、最大のネックは、ご学友の方々に屯(たむろ)されることである。私は決して人付き合いが苦手な人間ではないのだが、一方で、家の中での「自分の時間」を大切にしたいとも考えるので、あまり人を自宅に呼びたいとは考えないのであり、これは今でも同様である。
 
 そう言えば、社会人になって暫く経ったとき、バイト君の一人から電話が掛かってきて、「今、ご自宅の前にいます。鍋の用意を一式持ってきていますので、伺ってもよろしいですか?」と言ってきたことがあった。ベランダから覗くと、野郎どもが8名、車2台を連ねて押しかけてきているではないか。「アホかボケ!」と追い返したのであるが、聞けば、他のバイト仲間、しかも一人暮らしの女子のところにまず突撃するも、彼氏を招き入れて蜜なる時間をお過ごしたったようで、浮いた話の一つもない野郎8名はあえなく玉砕、仕方ないのでこちらに向かったのだという。尚更失礼な話である。
 
 話を元に戻すが、そういう訳で、学生時代の住まいは、大学まで電車で15分ほどの西中島南方を選んだ。阪急と地下鉄の2路線が利用でき、少し歩けばJR・新幹線も使えるから、交通に関してはこの上なく至便であるのだが、一点だけ辛かったのは、朝の電車の混雑が尋常でないことである。沿線には、我が母校の他にも大学・短大がいくつかあり、吹田市役所等への通勤客も重なって、淡路駅では積み残しがしばしば発生するほどであった。この辺のしんどさも、後にだんだん大学へ足が向かなくなる遠因ではあったかもしれない(と、怠惰な人間は何なりと理由をつけてサボるのである)。
 
 そんな次第で大学近くへの転居を検討する必要にも全く迫られず、以来21年、就職先が大阪都心だったこともあって、大阪市民を続けている。家賃の負担が重く圧し掛かってきても、住民税の高さに苦悶しても、大阪市内から離れられないのはひとえに、「高が通勤如きで朝っぱらから無駄なエネルギーを消費したくない」ことに尽きる。その後北区民を経て、今は再び淀川区に戻っているが、最大の魅力は、商都大阪の大動脈、地下鉄御堂筋線の始発電車に座って通勤できることである。朝のラッシュ時は2分間隔で電車が来るというのに、梅田駅では「もうこれ以上乗れないから次の電車を待て」と駅員に制止されるほどの混み方であるが、新大阪駅では4本に1本、当駅始発の電車があるのだ。本町まで、10分少々の時間ではあるが、着席して、睡眠の仕上げを図れる恩恵は計り知れない。
 
 というような話を首都圏の人にすると、「10分や20分くらい辛抱しろよ」と叱られる。まあ、それはそうだと思う。首都圏でも関西圏でも都心回帰傾向は加速していると言うが、それでも所得に見合いつつ、優れた住環境を求めるなら、やはり郊外を選ぶということになるだろう。郊外と言っても、都心から1時間の距離というのは、関西なら東は野洲、西は姫路、北は篠山口、南は和歌山辺りまでに及ぶ範囲であるが、首都圏ならこれがぐっと狭まる。朝のラッシュ時に亀の行進よろしくノロノロ運転を続ける満員電車に詰め込まれ、片道1時間だの2時間だのの通勤・通学時間を費やしている人からすれば、お叱りはご尤もであると思う。
 
 しかし、次のような言われ方をすると、「ちょっと待ったれよ」となるのである。曰く、「混雑混雑と大仰である。この程度の混み方では混雑とは言わない」と。試みに、国土交通省が発表している、鉄道における主要区間の混雑率の資料(平成23年度)を見てみると、全国で最も混み合っているのは、JR総武緩行線錦糸町→両国で201%、次いでJR山手線の上野→御徒町が200%で、以下、50位くらいまでは殆ど首都圏が占めている。対する大阪の最混雑区間は、地下鉄御堂筋線の梅田→淀屋橋が145%、阪急神戸線神崎川→十三と、近鉄奈良線の河内永和→布施がともに139%、阪急宝塚線の三国→十三が138%と続く。なるほど、東京と比べれば最混雑率どうしの比較でも4分の3以下、知れているのは知れているのである。されど、然らば即ちと聞いてみたいのは、「201%」の混雑率の電車に乗っている人たちは、「大阪より60%以上も上回っているボクたちってすごーい♡」と思って優越感に浸っているのだろうか。混雑率200%の電車なんて、私は考えるだけでも吐き気がするのである。一体何が悲しくて毎朝、圧死の恐怖や、鼻の捥(も)げるような体臭やら口臭やらやら化粧臭やらと闘わねばならないのだ。
 
 電車にしても道路にしても、空いているというのは大変結構なことで、羨望の眼差しこそ向けられ、毀誉褒貶されるような筋合いはどこにもあるまい。ラッシュ時に駅員が数人がかりで車内に乗客を押し込む大都会の様子こそ狂気の沙汰だと思うのだが、如何であろう。それに、地下鉄御堂筋線の梅田~淀屋橋間というのは、日本の地下鉄で最も利用者数が多く、かつては同様に200%を超える混雑率であったらしいから、これは並々ならぬ混雑緩和策が図られた結果なのであって、電車の混雑度で東高西低を云々されるのは心外の極みというものである。
 
 田舎育ちの私は、かつては確かに電車で通学・通勤することに憧れた。「ご学友に屯されたくない」というのも言ってみれば方便であって、わざわざ電車通学するために大学から離れた場所に住んだ一面があったことは認めたい。しかし、満員電車に押し合いへし合いされるうちに、そんな憧れは幻想に過ぎなかったと思い知らされるのである。これから新生活を始めようとする若者たち、特に故郷を離れて都会に出ようとする者たちは、車内に立ち込める人いきれに毎朝接していたら早晩ホームシックにかかるであろうから、住まいを選ぶにあたって、この点は篤と心得られたい。
 
 理想は、電車なんか乗らなくても、徒歩や自転車で通える職住近接であるが、都心のタワーマンションに自宅を構えられるような甲斐性なんて私にあるはずもないから、都会の人波に揉まれて疲れ果てた私は、せめて楽に、快適に通勤できる方法を見出したいと思うのである。