虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第40回 テレビのツボ

 先般、桑名正博が死去し、その悲しみも乾かぬ間に今度は藤本義一の訃報である。「お笑いの大阪」とは言われるが、こういうダンディズム溢れる文化人だって大阪にはいるのであって、その意味においても、またしても惜しい人を亡くしてしまった。心よりご冥福をお祈り申し上げたい。
 
 藤本義一の本職は申すまでもなく作家であるが、よく考えてみたら、氏の文芸作品を一冊として読んだことがない。芥川賞直木賞の受賞作全てを読破している訳では勿論ないから、別段周章狼狽に及ぶ話でもないが、しかしこうした訃報に接して初めて著書を手にするというのも、故人に対して失礼な気がする。
 
 では、氏の死を何故かくも悼むかというと、やはりテレビの影響であろうと思う。「著作は読んだことはないが、テレビ番組での馴染みは深い」という人は少なからずおられるのではと察せられる。そして、何が最も印象に残るかと問えば、多くの人が『11PM』を挙げるに違いないのだ。
 
 『11PM』は、かつて月~金曜にやっていた、深夜番組の金字塔である。そして当時まだ子どもだった我々にとって、目くるめく禁断のお色気番組であった。既に眠りに就いている親の目を盗んで密かにチャンネルを回した人はきっと多いはずである。しかるにこれがただの低俗番組に成り下がらなかったのは偏に制作サイド、そして司会者たちの力量なのであって、「この人たちが番組を支えているのだから」という安心感が番組への支持を得たのであろう。大橋巨泉然り、愛川欽也然り、そして関西からはこの藤本義一然りなのである。
 
 我々の世代にとって、子ども時代の禁断の番組としてはもう一つ、土曜の『ウィークエンダー』が挙げられよう。泉ピン子桂朝丸(現・ざこば)の出世作としても知られる“名番組”であるが、何といってもこの番組の真骨頂は「再現フィルム」である。今のご時世ではとても放送できるようなものではないが、そんなものを今で言うところの「プライムタイム」である22時台にやっていたのだから、時が時なれば、といったところである。裏では名門番組、『土曜ワイド劇場』をやっていたが、『ウィークエンダー』に対抗するために、当時は22時前後に必ず濡れ場シーンを入れていたほどであるから、これの“怪物番組”ぶりが偲ばれよう。
 
 ところで、私の通った小学校は公立であるが、家庭生活の起床から就寝に至るまで、徹底した管理教育がなされており、「生活調べ」というのと「テレビ調べ」というのがあった。今にして思えばこの「調べ」という転成名詞が何とも間が抜けている感じがするし、自らの行動を申告するのに「調べ」ということばを用いるのもおかしな気がするが、要するに、1週間を規則正しく過ごしているか、あるいは良からぬテレビ番組を見てはいないかを「調べ」るというものである。
 
 「生活調べ」は、起床時刻、朝食の摂取、排便、勉強時間、テレビの視聴時間、就寝時刻などについて、「よくできた」は2点、「できた」は1点、「できなかった」は0点で点数化するものである。例えば、排便の項目は「うんこ」というタイトルで、「朝した」のであれば2点、「した(=午後以降にした、の意)」は1点、「しなかった」は0点である。うんこを怠った者は落第生ということである。小学生から便秘に悩む者というのもあまり聞かないが、しかしこの小学校では、本人の意思とは無関係に、体調の問題で便通がなかったとしても「0点」扱いである。週の終りには本人の振り返りを記入し、担任教諭からのコメントが返されるのであるが、児童は「うんこがあまり出なかったので来週はがんばります」と記し、担任は「毎日うんこが出るようにしっかりがんばりましょうね」と返事を書くのである。明らかにどうかしている。
 
 もう1つの「テレビ調べ」は不定期の実施であったが、文字通りに、1週間に視聴したテレビ番組とその時間を記入して提出するものである。下らないアニメやバラエティばかり見ている者は注意を受け、同じアニメ番組でも『まんが日本昔ばなし』や『ハウス世界名作劇場』などを主体に視聴している者はお褒めに与るというのは想像に難くないと思われるが、単細胞な私は、叛骨心とかそういうものではなく、ただ単純に、大人の顔色を窺ったり迎合したりといったことができない子どもであったので、馬鹿正直に、1週間に視聴した番組を書き連ね、提出した。
 
 翌日、私と、もう1人の女子が担任に呼び出された。理由はその「テレビ調べ」にあるのだが、この2人は、土曜の欄に揃いも揃って、『ウィークエンダー』を記入していたのだ。当然、担任からは苛烈な叱責を受け、お決まり文句の「子どもが見る番組ではありません!」のお小言を頂戴したのであるが、女子でこれを見ている人が同級生にいたということに吃驚した。
 
 社団法人日本PTA全国協議会が毎年発表する「子どもに見せたくない番組」、最近の常連は『ロンドンハーツ』、『めちゃ²イケてるッ!』、『クレヨンしんちゃん』が御三家であるが、アンケートの選択肢には最初からトップ2が「例」として記されているなど、多分に恣意的なものである。我々が小学校の時代は『8時だョ!全員集合』がその筆頭であったが、これを見て育った者のうち、どれくらいの割合で人格形成に破綻を来しているのか、そんな懐疑を抱く者は少なくあるまい。いかりや長介がこの世を去ったとき、通夜会場の周辺には多くのファンが訪れていたが、午後8時になると同時に数ヶ所で、ファンが持ち込んだテープによりいかりやの「8時だョ!」という掛け声が流れ、即座に周囲のファンが「全員集合!」と合わせた。息子の浩一氏は、ファンの愛に感動したという、こんな美談まであるのである。
 
 先述の『11PM』にしても『ウィークエンダー』にしても、当時は「超ワースト番組」の烙印を押されたものであるが、職場の同世代の同僚とはしばしば「懐かしの番組ネタ」で盛り上がるし、今やお互い、上場企業の管理職を張っているのである。俗悪番組と、少年犯罪をはじめとする諸問題との因果関係は無論否定し切れないが、「臭いものに蓋をする」で解決することでもあるまい。断片的な部分のみに注視するあまり、子どもの育成の本質を見失わないでほしいと、今も昔もテレビっ子の私は思うのである。