虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第36回 内憂外患

 例の問題で「領有権」や「実効支配」などを新たな語彙として増やされた方は結構おられるのではないかと拝察する。第32回でも同じ趣旨のことを述べたが、利害関係で争うことほど虚無を覚えることはないので、何とか決着と解決を図ってほしいと願う。ただ、国家の対面という、最早問題の本質は何であるかが分からぬところまで来ているのだから、どちらかが折れない限り、一筋縄ではゆくまい。
 
 そんな訳で、憂いは海の向こうにばかり目が向いてしまう昨今であるが、領有権問題は対外的なものばかりにやあらず、国内にも存在するのである。
 
 関西におけるそれの筆頭に挙げられるのは、何と言っても「尼崎問題」であろう。ここが兵庫県であること、すなわち神戸や芦屋や西宮と同列に扱うことに違和感を覚える人は、当の尼っ子にさえも少なからず存在し、とりわけJR神戸線より南においてはその傾向が顕著である。最大の根拠は、兵庫県でありながら、電話番号の市外局番が大阪市と同じ「06」である点にある。これを以て、「尼崎は大阪の植民地」と声高に唱える向きが少なくない。「植民地」などと言うと穏やかではなく、そのうち尼崎の威信に懸けて、大阪相手に独立戦争が勃発するのではないかという懸念が沸いてくるが、JRの新快速に乗れば大阪までわずか1駅5分。県庁所在地の神戸より大阪の方が余程結びつきが強いのであって、よしんば大阪府への割譲が提案されても、賛成多数で可決されるかもしれない。
 
 さすれば、大阪府兵庫県の府県境を、神崎川猪名川から武庫川に移すことになるが、その流れで行くと、伊丹市川西市大阪府編入することになる。そこまでやるとさすがに異議が噴出しそうであるが、これにはこれで合理的な理屈が成立する。まず、大阪国際空港のことを「伊丹空港」と通称するが、大阪の空港の通り名に兵庫県の地名を用いることに、どうして誰も異議を唱えないのだろうか。しかし、伊丹市大阪府編入してしまえば、この不条理も忽ちに解決するのである。川西市にも同じような不条理があって、例えばJRの「川西池田駅」である。川西のど真ん中にありながら、なぜ川向こうの、しかも大阪府の地名を合成するという奇天烈なことをやるのであろうか。また、大阪府に所在する豊能町能勢町の住民が、能勢電車を利用して梅田に出ようとするとき、一旦兵庫県に出ることを強いられる。逆に、川西市の住民が、阪急電車を利用して県都である神戸に出るとき、宝塚と西宮北口で2度も乗り継ぐという酔狂なことを考えない限り、一度大阪の十三まで出ねばならぬのだが、そういう屈辱も味わわなくて済む。
 
 こんな話をしていると、「余所者は、甲子園球場は大阪にあると思い込んでますから、この際西宮も大阪に入れちゃいましょう」などと言ってくる者がいるが、いわゆる「西宮七園」あたりの風景を見て、これが大阪だと言う者など誰もいないし、そんなことを言えばお屋敷街にお住まいの皆さまが憤怒の声を上げることは必定である。そんな訳知り顔に語る者こそ余所者なのであって、どうしてもと言うのなら、「甲子園周辺は大阪府の飛び地」とするのが妥当であろう。
 
 大阪府による兵庫県の実効支配についてばかり述べてしまったが、兵庫県による他県の支配話もある。中でも、淡路島がもともと徳島県であったことは、知る人ぞ知る歴史的なエピソードである。当時の徳島藩の内輪揉めである「庚午事変(稲田騒動)」が原因で、政府の意向によって淡路島は徳島から切り離され兵庫県編入となったのであるが、こうした歴史的経緯から、淡路島は兵庫県のものであるか徳島県のものであるかという論争が今もなおあるらしい。淡路島の「淡」は徳島県旧国名である「阿波」を表し、「阿波への路」ということで「淡路」と呼ぶのだから、淡路島は徳島県に属するのが正しい、という尤もらしい意見もある。一方で、徳島弁は関西の訛りが入っていること、また、地デジ化以前は関西の民放各局の番組を普通に視聴できたことに加え、明石海峡大橋大鳴門橋の開通により、淡路島を介して本州と徳島県が密接につながったことから、「淡路島はおろか、徳島県すらも兵庫県支配下にある」と唱える者まで出てくる始末である。このような侃々諤々の議論がなされる中で、しかし最後にはこの言葉で必ず決着がついてしまう。すなわち、「淡路島は、上沼恵美子のものである」。
 
 何と大阪府内にも領有権争いが存在する。有名なのは、「生駒山は誰のものか」という議論であろう。東大阪市大東市による、骨肉の争いなのだが、お互いが相容れない根本的な背景として、どちらも「大阪市の東」を市名として名乗っていることが挙げられる。どちらが、大阪を守る東の砦であるか、という諍いなのだろう。東大阪市は人口50万、大阪・堺という2大政令指定都市に次ぐ府下第3位の人口を誇る。方や大東市は人口12万。「高々4分の1の人口で東大阪に楯突こうとは如何にも不遜や」と大東市は罵られるのであるが、大東市も透かさず、「人口50万て言うたかて、布施・河内・枚岡の3市が合併してできた寄せ集めやないかい!」と反論する。すると東大阪市は「自前で警察署も持たんと四條畷の脛齧ってる分際で何言うてけつかるねん」と捲し立てる。黙っていられぬ大東市は「やかましいわい! 四條畷警察を名乗ってるけど、建ってる場所は大東市内や言うねん! ついでに言うたら、JRの四条畷駅も、私立の四條畷学園も、皆場所は大東市やっちゅうねん! 四條畷はワシら大東の属国や!」とがなり立て、生駒山を巡る東大阪VS大東の対立だったはずが、大東による四條畷の領土支配に話が飛んでしまい、収拾がつかない。そうこうしているうちに、山の向こうの奈良県生駒市がぼそっと呟く。「生駒山は、生駒市のものです」。
 
 その他、泉北郡忠岡町や、泉南郡熊取町田尻町を、周辺の泉大津市岸和田市泉佐野市などが虎視眈々と狙っているとかいないとか、そんな話も耳目にするが、狙っている各市の財政状況が厳しく、特に泉佐野に至ってはネーミングライツで市名を売りに出すという世も末なことをやっているくらいだから、この辺は当面、領地安堵というところであろう。
 
 まあ、これらはいずれも外野の下らぬ反駁であり悶着であるのだが、こうした論戦を、当地の人たちはどんな風に見ているのであろうか。その土地にはそこに固有のアイデンティティがあるのだから、そうした孤高を持して、民衆自らの手による平和的解決を切に願うばかりである。