虹のかなたに

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

第66回 まだまだあまちゃんです

 目下の早起きのモチベーションは、朝の連続テレビ小説あまちゃん』である。弊社は午前10時始業なので、普段なら8時50分に起床、9時20分に家を出て、9時50分くらいに打刻、という流れだが、『あまちゃん』のおかげで起床は1時間繰り上がり、あのオープニングテーマでテンションを上げて意気揚々と出社、始業30分前には着席という模範社員ぶりを発揮している。
 
 世間の評価も高いようで、初回視聴率は関東地区で20.1%。これは2006年度下半期の『芋たこなんきん』(20.3%)以来の視聴率20%超えであり、6月10日には22.1%の最高視聴率を記録している。また、舞台となる架空の町・北三陸の人々が驚いたときに発する「じぇじぇ」という方言は、早くも今年の流行語大賞ノミネートの呼び声が高いし、主人公・アキ(能年玲奈)の母親役の小泉今日子が歌うオリジナルの劇中歌『潮騒のメモリー』は、既に年末の紅白歌合戦が当確と騒がれている。往時のキョンキョンを知る者にとっては大いなる感慨であるのだが、遡ること28年前、『少女に何が起ったか』で、石立鉄男に「薄汚えシンデレラ!」と罵倒されていたあのキョンキョンが、今やヒロインの母を演じる齢になったのかと思うと、それはそれでまた別の感慨に耽ってしまうのである。
 
 一方、NHKが発表した、4月度の『視聴者対応月次報告』によると、本作に寄せられた声として、「ヒロインの父親(尾美としのり)が使用する個人タクシーは韓国車だと思うが、日本の公共放送として、国産メーカーの車を使うべきではないか。受信料を支払って見ている視聴者は納得できない」だとか、「ドラマに登場する気動車をドラマの中で『電車』と言っているが、電車は電気で動くのだから、この表現はおかしくないか」、「駅長(杉本哲太)と副駅長(荒川良々)はいつも駅の仕事をしていない。駅に併設の喫茶店(夜はスナック)にいるシーンが多いが、職場放棄ではないか」といったものが挙げられている。よくもまあ下らない苦情を思い浮かべるものよと感心するが、これも作品への反響の大きさと見るべきだろうし、脚本を担う宮藤官九郎の面目躍如といったところであろう。
 
 脚本とともに、作品を支えるのはやはり脇を固める名優陣であろう。祖母役の宮本信子の存在感と穏やかでユーモア溢れるナレーション、祖父役の蟹江敬三やベテラン海女の渡辺えりの怪演をはじめとして、出演者それぞれの個性的演技がこれでもかというほど光っているし、前述の荒川良々の他、皆川猿時、伊勢志摩、安藤玉恵など、本作でその名が遍く一般にも知られるところとなった舞台俳優も多く、なかなかの名作だと思うのだが、中でも良いと思うのは、先輩海女・美寿々を演じる、美保純である。
 
 かつては東京から追っかけが来るほどの人気海女だった美寿々は、男に惚れやすい質で、駆け落ちの経験も持つが、現在は地元に戻り、冷え性に悩まされながら海女の活動を続けている。そんな中、琥珀の掘削職人である勉さん(塩見三省)の元に突然弟子入り志願してきた謎の男、水口(松田龍平)に惚れ、一方的に迫っている。ところが水口の正体は、地元アイドルとして人気を集めるアキと、その友達・ユイ(橋本愛)に近づく、東京の芸能事務所のスカウトマンだった。それが露呈し、水口は北三陸を去る。美寿々はショックを受け、「ちきしょう! ちきしょうぅぅ!!」と号泣する。そして、「真剣に付き合ってたのに! 結婚まで考えてたのにぃ! 式場仮押さえしてたのにぃぃ!! 車もあげたのにぃぃぃ!!!」と絶叫する。ここで皆は口にするのである。「じぇじぇじぇ!!」
 
 次番組『あさイチ』で、司会の有働由美子アナウンサーは、そうした彼女の演技に思わず深く感情移入するコメントを述べた(こうした感想を述べるのは、「朝ドラ受け」と呼ばれる『あさイチ』の冒頭1分のお約束で、これを指して「朝ドラは8時16分まで」と言う視聴者も少なからずいるという)が、それほどまでに真に迫る女の情念を演じたかと思えば、今日(6月13日)の放送では何とレディー・ガガに扮して登場したのだから仰天した視聴者も多かったことだろう。コメディエンヌの資質も持ち合わせた、絶品の芸と言う他あるまい。既に五十路に入っているらしいが、この人なら付き合ってもよいと、そんなことを考えてしまうほどの名演なのだ。(注:熟女好きということでは決してございません)
 
 そんな美保純だが、彼女がにっかつロマンポルノ出身であることは知る人ぞ知る話である。何を感心するかといって、本人がその過去を一切隠そうとしないばかりか、むしろ当時の思い出話や裏話を積極的に、あっけらかんと、そして懐かしく語ることである。これもまた、彼女の魅力ではないかと思うのだ。
 
 ロマンポルノ出身で、今は一線級で活躍する女優には、この他にも白川和子、宮下順子、永島瑛子、東てる美伊佐山ひろ子、岡本麗などがいるし、蟹江敬三風間杜夫大杉漣内藤剛志などの男優陣も、初期にはロマンポルノに出演していた。神代辰巳曾根中生石井隆金子修介崔洋一周防正行相米慎二滝田洋二郎森田芳光等々、後の日本映画界を語るに欠かせない監督たちにも出身者は多い。一廉の人たちにも下積みの時代があり、それがその後の活躍の礎になっているのだ。
 
 川島なお美の『お笑いマンガ道場』、高見恭子の『ウィークエンダー』など、本人の思いか事務所の意向かは分からないが、初期の出演経歴をひた隠しにする人もいると言う。確かに、人には多かれ少なかれ、忘れてしまいたい汚点や、思い出したくない初心というものだってあるだろう。過去を変えることだってできはしない。しかし人生は必然、そうした過去があって今があることを忘れてはなるまいし、それを消し去るというのは、そこから連綿と続くはずの今をも否定することになりはしないだろうか。村上弘明は、売れるようになってから暫くの間、『仮面ライダー(スカイライダー)』への出演歴について沈黙を通していたことがあるが、息子に「パパって、仮面ライダーだったの?」と訊かれて以来、自らそれについて語るようになり、関連のイベントにも積極的に参加するようになった――という話もあるのだ。人生山あり谷啓、誰にだって「歴史」というものはあるのである。
 
 もとよりこれは、自戒や自省の念を抱きながら述べているのであって、これまでにあった数々の「人生の岐路」を思い返しては、あのとき、もう一方の道を歩んでいたら……と考えることがない訳ではないし、それを呪って自棄っぱちになったこともある。でも、今に続く道を選んだのは他ならぬ自分の責任。それを棚に上げてぶつくさ言うようでは、自分はまだまだあまちゃんやな、と思う。ただ、人生をやり直すなんて面倒臭いことはしたくないので、ならばこの先どうするかを考えることが生き方として賢明なのだろうと、それだけは思うのである。
 
 さて、ドラマの『あまちゃん』の方では、主人公が母に抗い、いよいよアイドルを目指して上京する。再来週の24日からは後半の「東京編」となり、薬師丸ひろ子古田新太などの新キャストが登場、ナレーションも宮本信子から能年玲奈に代わるそうである。北三陸の人たちの濃いキャラを見ることができないのは淋しいが、劇中での主人公の「人生の選択」について、期待しながら見守ってゆきたい。